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ヘルパーさん被災地報告 その2

 
当会の登録ヘルパー永村さんの被災地報告第2回目です。

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 私がボランティア活動していたのは「被災地センターみやぎ」という被災障害者支援を目的に動いているグループでした。いわゆる「泥かき」のような肉体労働ではなく、地域に埋もれている障害者を見つけて支援に繋げていく、という何とも分かりにくい作業だったので、「私いったい何しに来たんだっけ?」と悩んだりもしました。自分みたいな乏しい知識と経験で挑める仕事なんかなぁ、こんなことなら体力勝負のボランティアに行ってた方がいくらか役立ったんじゃないかなぁなどと思い落ち込みながらも、この地道な作業が後から振り返れば役に立つことを信じて、というか、もはやもし無駄だったとしても自分の糧になることには間違いないから頑張ろうという気持ちでやっていました。

 ボランティア同士でご飯を食べたりお酒を飲んだりするのはまるで修学旅行のようでとても楽しかったです。大阪人が多いからうるさいけど面白かったです。そういうのがあったからあっという間に1ヶ月が過ぎて、帰るときは寂しくも感じていました。たすけっとのメンバーとも仲良くなって、また仙台に遊びにいけたらなぁと思ってます。

 帰る数日前、仙台市内の仮設住宅に聞き取り調査に行ったとき、「絆支援員」という見守り隊に出会ってお話を聞くことができました。とても良い試みだなー、ぜひ全ての仮設でこういう取り組みしてほしいなーって思いました。県が震災前から「夜回り隊」なんかをやっていた人たちを臨時雇用して、仮設住宅に毎日グループで担当を決めて一軒一軒回ってもらうということを試験的に行っているそうです。
 そこに住んでるお喋り好きのばあちゃんに色々話を聞いてたら、見回り隊のひとりが通り際に「ばあちゃん、まった戦争の話してんのか~」なんて笑いながら声をかけて行きます。地元の人が地元の言葉で関係性を作っていくのって、私たちのような短期間の県外ボランティアにはできないことだから、かないません。地元にいた時は足が少々悪くても近所の店まで出歩いて「今日は豆腐もらうわ」なんてやってたお年寄りも、仮設に移ってきて馴染みのない土地ではなかなか出歩けなくなって一日のほとんどを部屋で過ごす人が多い中で、絆支援員のようなお話しながら健康チェックをしたり孤独予防に努める役割というのは本当に必要とされてると感じました。本気で支援をやりたかったらその場所に一定期間住しかないなと思いつつ、仙台を後にしました。

 これで終わりじゃなくて、いつか何かの形で復興に関わりたいと思っています。