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被災地から大阪に研修に来られました

この夏、東日本大震災の被災地からの研修・交流企画を2プログラム、実施しました。今回は、そのうちのひとつ、「被災地障がい者センター南三陸」の職員の方2名の研修・交流企画に参加された太齋さんからの感想を掲載します。南三陸町は、この地震津波の被害が最も大きかった地域で、太齋さんたちは今、そこに新たに障害者支援の拠点を作ろうと取り組まれています。

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出発のなかまの会 さま
今回の研修では、大変おせわになりました。私がお世話になったところは、

ノーマライゼーション協会(日の出障害者会館、西淡路希望の家)
http://normalization-kyokai.jp/
パーティ・パーティ http://www.e-sora.net/party2/index.htm
そうそうの杜 http://www.sou-sou.com/
出発のなかまの会 http://www.oct.zaq.ne.jp/tabidati
です。

 西淡路希望の家では、私がかねてより興味を持っていた障害者アートの現場を見せていただきました。障害者アートを作品としてお客さんに選ばれる商品にする過程を見て、当人たちのがんばりももちろんですが、周りのスタッフの方々の観察、配慮、サポートなど、1つの商品にたくさんの人の手と心が関わっているのだと知りました。だからあんなに魅力的なんだなと。途中から研修を忘れただの買い物おばさんになってしまい、すみません。
また、夕方から始まったクラブ活動の現場も拝見することが出来ました。みなさん作業所の仕事が終わって疲れているだろうに、部屋では思い思いのアートを「楽しんでいる」のが印象的でした。またそれをサポートするスタッフの笑顔や配慮、間にみえる信頼関係。それが作品の中に詰まっているんだなと感慨深かったです。

 パーティ・パーティでは、障害者福祉に関わる者としての心構えを教えていただきました。特に心に残っている言葉は、介助や移送は、「人の命を預かっている責任がある」ことを核として持っているべきであるとの言葉。私たちは日々の活動に慌ただしく、振り返る時間も充分とれていなかったかもしれません。でも スタッフみなが日々立ち返るところを共通に持っているのは、活動を継続して行くためには必須なのだと思いました。
それと「まず、ヤルことやな」との言葉。これは大阪の方とお話しすると多くの方の口からお聞きするのですが、将来どうなるだろうとか頭で考えていても何も始まりませんね。こちらでもまた背中を押していただきました。

 そうそうの杜は、昨年からずっと現地へスタッフを派遣してくださっており、私たちの活動を各方面からサポートしてくれているところです。理念や支援の仕方については、スタッフの方々を通して、またいろいろな場面で教えていただいており、私たちはそうそうの杜南三陸支部となっているかもしれません。今回はメー ルや電話でなく、実際にお会いして私たちの活動について 一緒に考えていただけ、本当に有意義な時間でした。また、今後新たな展開をしようというこのときにお会い出来たのは、最高のタイミングだったと思います。 将来の不安から尻込みしていた私たちにここでも「まず、ヤルことやな」の決め台詞、いただきました。

 出発のなかまの会では、事業所の運営 や助成金の申請など実務の話や、現場での取り組みなど、本当にいろいろなことを学ばせていただきました。その中でも大きく2つ印象に残ったことがあります。1つは、ずっと疑問に思っている「地域の学校に通うことの意味」についてです。私は以前地域の中学校に勤めていたことがあり、今は支援学校の講師もしています。どちらの学校にも良さがあります。もちろんその逆もありますが、それをなぜ地域の学校へと勧めるのか疑問でした。でもお話を聞く中で、福祉の現場では教育そのものでなく、その人の人生という角度から学校を考えるのだなと思いました。教育現場でもその視点はもちろんありますが、関わるのは限られた期間。でも福祉は一生であり、切実さが違うように思いました。これは学校だけの問題ではありません。地域で暮らし続けてきたという実績がその子の人生にどんなに珠玉であるか、また、地域の人にとってもどんなに有益であるか、考えさせられました。そして私たちの地域について考えたとき、ハッとしました。震災で物理的に難しくなったとはいえ、ここは地縁血縁がまだ色濃く残っている地域。大阪が努めてやっていることを何気なくやっていたのかもしれません。この辺から私たちの活動を考えて行きたいと思いました。
 2つめは、グループホームの利用者に対して行っていた「個人将来計画」です。これは本人の目標や思いを文字で残し、実現に向けて本人と支援者が一緒に考えて行こうというものでした。言葉で表すのが難しい方向けに、思いを引き出す方法も教わりました。このような具体的な取り組みや出発のなかまの会の歴史をお聞きする中で、本当に福祉は個人と個人の信頼関係からなんだなと実感しました。

 私たちが住む南三陸町と大阪では環境が違いすぎますが、障がいを持った方々の思いはきっと同じ。先進的な福祉の現状を勉強して持ち帰り、それをこの地域にあった形に構築していく、それはここに住む私たちがやるべきことで あり、私たちにしか出来ないことだと思っています。
 たくさんのお時間やご配慮をいただき、本当にありがとうございます。今回の研修で得たことは私たちの活動に必ず生かしたいと思います。とはいえ、まだまだ福祉初心者ばかりです。甘えてばかりで恐縮なのですが、今しばらく、南三陸町の障害者福祉環境向上のため、私たちの成長ため、ご支援を何卒よろしくお願いします。


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 今回、太齋さんたちとお会いして、南三陸町の現状もいろいろと聞かせていただきました。がれきがすっかり撤去され、「ただの空き地」のようになってしまった風景を写真で見せてもらい、いろんな方とそのご家族のお話を伺い、あらためて「生(活)を続けること」、理屈では説明できない「原体験」の重みに胸の詰まる思いがしました。

 また、もう1名のOさんとは子どもの支援をしておられる「NPO法人・サンフェイス」と「山王こどもセンター」にも見学をお願いし、私も厚かましく同行させてもらいました。それぞれのグループが異なる地域の課題に向き合い、地域に根差しながら活動を続けておられる現場を目の当たりにし、改めて「そこに生き続ける」ことを支援し、地域を作る営みを続けることが私たちの仕事なのだと気づかされました。「被災者との交流・研修支援プログラム」と銘打っていましたが、私自身が「自分たちができることは何か」「やらなければいけないことを本当にしているのか」を突き付けられる機会となりました。ありがとうございました。
 これからも、関わりを持ち続けながら一緒に考え、歩んでいきたいと思います。
(ミサオ.K)